思い通りにはならない
思い通りにならないものは「自分ではない」「自分のものではない」という教えが仏教の根本にあります。
そして、この世に思い通りになるものは一つも有り得ないと教えています。
私自身一時期はこの教えに反論を持っていましたが、仏教を学んでいるうちに真実で正しいことだと理解できました。
仏教教典によく出てくる話で
「この自分の肉体を永遠に存続できるだろうか?」「いいえ、できないでしょう」
「永遠に生きたいと願ったとしてもそれができないこの肉体を自分自身だと言えるだろうか?」「いいえ、自分自身だとは言えないでしょう」
「自分自身ではなく、思い通りにならない肉体を自分のものだと言えるだろうか?」「いいえ、自分のものだとは言えないでしょう」
「この自分の肉体を永遠に存続できるだろうか?」「いいえ、できないでしょう」
「永遠に生きたいと願ったとしてもそれができないこの肉体を自分自身だと言えるだろうか?」「いいえ、自分自身だとは言えないでしょう」
「自分自身ではなく、思い通りにならない肉体を自分のものだと言えるだろうか?」「いいえ、自分のものだとは言えないでしょう」
「縁って、この肉体は無我(非我)であると説くのである」
「思い通りにならないものを自分だと錯覚して苦しみを受けているのです」
とても深い深遠な教えですね、仏教ではこの無我の教えの前後に定型的な「無常」「苦」「空」という教えが連続的に説かれています。
「皆さんの幸福のために、祈念します」
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