無我ということ
仏教でいう無我とはなんでしょう、「我にあらず」=「私ではない」「私のものではない」「私ではない」
というような意味でつかわれています。
というような意味でつかわれています。
無我と簡単にいっていますがその真理を覚るには相当の修練が必要になるでしょう。
当然といえば当然です。それを覚るだけで解脱できるといわれているわけですから、凡夫が覚るのは大変なことです。
当然といえば当然です。それを覚るだけで解脱できるといわれているわけですから、凡夫が覚るのは大変なことです。
よく教典で出てくるのは、
問:「肉体は永遠であろうか?」
答:「肉体は永遠ではありません」
問:「では、肉体は思い通りになるものだろうか?」
答:「いいえ、肉体は健康であり続けたいとか、若々しくいたいとどんなに願っても、老化し朽果てるものです」
問:「では、永遠ではなく、思い通りにならない肉体を、私のものだとか、私だと考えることは正しいだろうか?」
答:「いいえ、正しいことではありません」
問:「肉体は永遠であろうか?」
答:「肉体は永遠ではありません」
問:「では、肉体は思い通りになるものだろうか?」
答:「いいえ、肉体は健康であり続けたいとか、若々しくいたいとどんなに願っても、老化し朽果てるものです」
問:「では、永遠ではなく、思い通りにならない肉体を、私のものだとか、私だと考えることは正しいだろうか?」
答:「いいえ、正しいことではありません」
「その通りです、私達は永遠ではなく、思い通りにもならない肉体を、自分だと考え、自分のものだと執着することによって苦しみを受けるのです」・・・・・
というような問答が繰返し説かれています。
ここでは、肉体であろうと心であろうと変化生滅し、思い通りにならないものは苦しみの原因であることを何度もいわれています。
若い頃はなかなか納得いかない部分も多いと思いますが、仏教的な考え方を勉強しているだけでも少しずつ理解できるようになってくるでしょう。
仏教は真実の安らぎを求めています。
「皆様が幸福でありますように」
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