仏陀は何を覚った
仏陀は何を覚って仏陀になったのでしょう? 仏陀釈尊は苦しみからの解放を目的にしていたのは事実でしょう。
釈尊が成道して仏陀と呼ばれるようになるまでには、大変な苦行や様々な修行をされたといわれています。
そして、苦行を離れ、中道を行じて仏陀になったということです。
釈尊が成道して仏陀と呼ばれるようになるまでには、大変な苦行や様々な修行をされたといわれています。
そして、苦行を離れ、中道を行じて仏陀になったということです。
苦行は心の安静や解脱への役に立たないといって、苦行を捨てたとよくいわれていますが、教典には苦行により身体がやせ細っていくにつれて、意識が鮮明になっていくと記載されている部分があります。
仏陀釈尊が滅尽定以外の禅定を体現されていたのは苦行時代のはずですから、苦行が役に立たないものだといったというのは疑問に思います。
仏陀になる以前の苦行は並の苦行ではなく、6年麻麦の行という麻と麦を少量しか食べない修行をされていたということで、凡夫には到底真似のできない苦行だったようです。
そのような仏陀釈尊だからこそ苦行だけでは成道できないといえるのだと思います。
私などは結跏趺坐を数十分するだけで十分苦行に感じてしまいます。
私などは結跏趺坐を数十分するだけで十分苦行に感じてしまいます。
それでは楽な姿勢や座り方で仏陀のような禅定を体現できるのでしょうか?
それは無理なことのはずです。
それは無理なことのはずです。
たとえば仏陀のように7日間禅定をし続けるような場合は、結跏趺坐のような坐法でなければ坐り続けることもできないといわれています。
私にとっては苦行のようなものでも、仏陀釈尊にとって禅定(数時間から数日間坐り続ける)は安楽の法門だということです。
「皆さんの幸福を祈念いたします」
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